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更新日時 03/07/17 20:20
本日のデータ
日付
7月16日
天気
旅行日数
374日目
体調
やや風邪?
本日の移動
 余市町〜小樽市
走行距離
34.8 km   
現在地
北海道小樽市
総走行距離
16381.3 km   
宿泊地
色内埠頭公園
今日の出費
食費
1181 円    
宿泊費
0 円    
観光費
300 円    
雑費
0 円    
経費詳細

 観光費:小樽市にしん御殿・旧日本郵船小樽支社




坂の町

 今朝もライダー・シェフと霧雨降る重苦しい朝を共に迎えた。どうも最近天気が悪くて悩まされている。ただ、本格的に降ったのは函館までで助かってはいるが、それにしてもこのジメジメしたパッとしない天気、展望もなにもなく、また連日の強風にも悩まされている。快晴が見たい・・・ そう、願いながら、今朝も5時に起きて黙々とHPの更新作業を進めていた。

 シェフも起床し、自炊を始めた頃にはようやく霧雨の方はあがってはしてくれたものの空は相変わらず重たい。でも、それに反し、この東屋の下では2人、賑やかな朝の時間は始まっていた。いや、もう賑やか過ぎて逆にシェフはもうちょっとお疲れ気味・・・ 愚痴さえもれ始めてはいるが、でも、今日も元気に2人、出発した。ちなみに今朝もご飯を炊いたのだが、やっぱり昨日と同様に失敗・・・ どうやらこの鍋がいけないらしい。どうしてだろう?!


旧余市運上家

 今日も遅い出発となってしまった。もうすぐ10時になろうとしている。ちょっと慌てながらも今日も観光スタートだ♪まずは、昨夜泊ったこのキャンプ場(公園)から僅か数百メートルしか離れていないところにある”旧余市運上家”というところをさっそくちょっと覗いてみた。とは言っても、やはり有料施設・・・ それほど興味惹くこともなかったために、また時間にも余裕がなかったこともあって、ここではまたパンフレットだけを頂いて後にすることにした。昨日の件もあるので、恐る恐る、「パンフレットだけ頂くことって出来るでしょうか?」と訪ねて見ると、快く頂戴することができ、気分良く次の町、小樽へ向けて漕ぎ出した♪ありがとうございました。

 旧余市運上家:昨日の余市漁場といい、小さな町だが、このような大きな建物が多数残っていることに今日も驚かされ、また以前の繁栄振りをこうして見て窺うことが出来た。ちなみに運上家とは、松前藩下において、商いしていた商人たちが、その知行主に対し一定の契約金を「運上金」として納め、その商人が交易場所に建てたのが、この運上家だそうだ。ちなみに道内には数10ヶ所あったそうだが、今、現存しているのはここだけだという。


 小樽までの道は、昨日までの道と変わらずにトンネルが多く、また小樽に近づくにつれて徐々にアップダウンも加わってくる。そして最後にちょっとした峠を越えると、あとは一気に駆け下りて小樽市街だ。さすがは坂の町とも言われているだけのことはある。”坂の町”といえば、小樽、平戸、函館などを思い出すが、どの町も面白くまたワクワクさせてくれただけに、この小樽の町も期待いっぱいで、山の斜面にへばり付く様に建つ家々を眺めながら市街へと下っていった。

 小樽の町に入ったとは言え、私はとくに観光ブック等を持っているわけではないので、この町には何があり、どんな町なのかは実際に見るまでは分からない。とりあえずどこへ行こうか?駅に行って観光案内所を探してみようか、こうしていつも最初は迷うのだが、今回ももちろん例外ではない。持っている大きな北海道全域地図を手に、どこに行こうかとあれこれ迷うが、今回はなんとなく端の方から、ちょっと市街から外れた岬へとまず行ってみることにした。ちなみにそこにはちょっと気になる”ニシン御殿”という文字が地図には書かれていた。

 高島岬へと向けて自転車を漕ぎだしたのだが、すぐに気になる看板に足をとめられる。”手宮洞窟”と書かれ、また無料という言葉にも惹かれて迷わず中へと覗いてみた。近代的な展示設備ではあるが小さな壁画が公開されているのみで、あっという間の観光。でも、その小さな壁画には未だ未知の部分ばかりで、浪漫溢れるところであった。ちなみにこうして残っている壁画は日本では唯一ここと、そして余市町だけだそうだ。


手宮どうくつにて
小林さんと♪

 さあ、ドンドン観光へ行こう!岬へと改めて進もうと思ったとき、この壁画保存館の受付の小林さんに声を掛けられた。「自転車で日本一周しているの?目的は?」、という会話から始まったのだが、目的、それをいきなり聞いてくる人は今まで少ない、この人はちょっと違うな、そう思っていろいろ話を聞いてみると、どんどん話しに飲み込まれていった。もう、マシンガンのように途切れることないほどの話好きの小林さん、その内容自体も興味惹かれることばかりで、この小樽の戦中、戦後の話、そして今の小樽の話など、さらには、自衛隊、政治のことや、各国の民族のことまで話は広がり、約3時間、そこで聞き入ってしまった。その話に中で特に印象的だったのだが、この北海道が日本(内地)の植民地のようだったということと、逆にアメリカのような独立国的な部分を多数持っているという話だった。そしてまた話は一変して、戦中この小樽でよくドイツ人と遊んだという話が意外で印象に強く残った。ちなみに戦中まではドイツ人商人が多数この小樽に入っていたそうだ。

 こうした話を聞いているうちにどんどんこの北海道という土地に対し興味が増していった。今まではアイヌ文化、そして開拓史、それを見てみたいなとただ漠然と思っていただけだが、こうして実際に土地の方の話を聞き、この北海道の見方が一変したように気がした。先ほどにも書いたように植民地という見方、さらには、戦争という面からの見方、なんだかこの先の観光がどんどん楽しみになってきた。まずはこの小樽からだ!さらに気合を入れて、小林さんにお礼をいい出発した。


ニシン御殿


ニシン御殿内にて

 もういつの間にか14時をまわっていた。小樽へと入ったときは、出来fれば今日中に小樽を観光して石狩まで行ってしまおうとも思っていたのだが、この小樽、予想以上に面白そうで、とてもそういう訳には行きそうもなく、明日までこの小樽をじっくり見てみようと、もうこの時にはすっかり腰を据えていた。そのため岬にあるニシン御殿もじっくり見学し、そして帰路、駐車場の方にも声を掛けられ、そしてこのニシン御殿の歴史についていろいろ話してくれた。こうして話を聞くたびにこの小樽がどんどん興味深くなるのはもちろん、好きになっていった。やはり全国どこの坂の町もやっぱり惹かれるところばかりで私は大好きである♪

 小樽ニシン御殿:その大きさにビックリ!高島岬の先の小高い丘の上に建つ、この岬のシンボル的な建物とも言えるほど目立つ建物であるが、実際は積丹半島の泊村に明治30年建てられた建物をここに昭和33年に移築してきた建物だそうだ。ちなみにもちろんここは名前の通り、ここで大いに栄えたニシン漁業で建築された建物のひとつだ。


旧青山別邸

 さて、このあとは旧青山別邸、旧日本郵船小樽支社や、そこら中に立ち並ぶ倉庫群なども見学して今日の観光を終えた。このあとは先にこの小樽に入って寝床を物色し、そして見つけてくれていたシェフと再び再会し、そして静かな埠頭公園へと移り、さっそくシェフが拵えて来てくれた豪華食材で夕食タイム!今夜はホタテをメインに牛乳スープや野菜炒めと一人ではとても食べることはないだろう夕食を楽しく頂き、そしてもう3日目ともなるのに話尽きることなく、楽しく日は暮れていった。

 旧青山別邸:大正当時、祝津鰊漁三大綱元の「青山家」によって贅を尽くして建てられた建物。今も私邸として残され、その入館料も高いこと高いこと!なんと1000円・・・ さすがに引いてしまい、そとから窺うのみで後にした。

 旧日本郵船小樽支社:明治39年に建てられた豪華で巨大な建物。一目で「おー!」と思わず声をあげてしまった。もちろん名前の通り、日本郵船の建物で、中は若干ではあるが、船舶の資料が展示され、また2階ではポーツマン条約に基づく日露間の樺太国境問題についても話された場という歴史的価値も高いところだ。


旧日本郵船小樽支社


日本郵船内


今夜はホタテ♪



小樽運河


さすがに見惚れる

 さあ、夜と言えば小樽の夜景だ!ここに泊るからには行くしかないと思っていたのだが、今夜も生憎の霧雨が迎えてくれていた。さすがに雨では・・・ と頭を抱えていたが、願いが通じたのか時期に雨も止み、この隙にと2人、歩いて夜の運河へと出発した。「おお!さすがはあの有名な小樽運河!」、そう、つい声を溢してしまうほどの綺麗な夜景がさっそく迎えてくれた。また、さすがこれだけの景色だけに、平日とはいえ観光客もいっぱい、またそれが自分には新鮮で、久しぶりの歩く夜の町にワクワクし、また浮かれながら散策を続け、21時過ぎ、ようやく寝床の公園に戻り、また改めてシェフと2人での見直し、今日の就寝は23時ごろとなった。


綺麗じゃ〜


ちょっと一休み


日本銀行旧小樽支社

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 ★今日のお食事♪
 ・朝食 : ごはん・野菜炒め・目玉焼き・スープ
 ・昼食 : おにぎり・パン
 ・夕食 :

ごはん・野菜炒め・ホタテ・野菜スープ

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