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更新日時 03/07/07 23:47
本日のデータ
日付
7月 3日
天気
旅行日数
361日目
体調
良好
本日の移動
 三沢市〜六ヶ所村〜横浜町
走行距離
58.6 km   
現在地
青森県横浜町
総走行距離
15692.2 km   
宿泊地
道の駅・よこはま
今日の出費
食費
913 円    
宿泊費
0 円    
観光費
100 円    
雑費
0 円    
経費詳細

 観光費:斗南藩記念観光村(先人記念館)




日本の姿

 霧雨降る濃霧に包まれた重苦しい天気のもと今日が始まったが、でも、そんな天気でも元気に出発して行った。とは言っても今朝もやっぱり慌ただしく食事、日記と追われていた。5時に起床し、そしてこの道の駅に併設されている先人記念館に入館すべくその開館時間である9時までPCと向き合って黙々と日記を書くも、全て終えることはやっぱり出来なかった。

 さあ、観光スタートだ!まずはこの先人記念館、六十九種草堂と見学。格安な入館料ん割にはなかなか見応えがあり、十分楽しんで、そして今日の一番の楽しみ、いや、もう前々から一度見てみたいと思っていたところ、そこは六ヶ所村、その中でもとくに原子燃料サイクル施設についての現状を見てみたかった。そのためにこの太平洋側へとわざわざ周って来たと言っても過言ではない。もうそこでじっくり時間を掛けて見学しておきたい為、やや急ぎ足で広大な原野が続く下北の地を北上していった。

 斗南藩・先人記念館:斗南藩。幕末、会津藩が官軍に破れ、そしてこの下北に追われ僅かな土地でお家を再興したところである。そんな歴史についてもっとしりたく、この斗南藩・先人記念館へと入ったが、ここでは廣澤安任という日本初の民間近代牧場を起こした人を主として紹介していた。もちろんこの地で起こした牧場であり、さらには会津藩の人でもある。会津の歴史こそ見れなかったが、この意外に面白く魅かれる人物を知っただけでも充分楽しめた資料館だった。また、そぐ隣には廣澤安任が住んでいたという住居(六十九種草堂)が復元され無料開放されていた。


早朝の先人記念館


六十九種草堂


大久保利通と廣澤安任

 進めど進めど先は見えず・・・ そんな一直線の道の荒野なのだが、意外に車のほうは多く、すれすれを100km近くのスピードで抜けていくから怖い。とくに大型車が多く、この先に大きな町も何もないのにどこまで行くのだろうと、やや不思議がりながら見送っていたが、このあと、その理由がはっきりすることになった。そこは原燃(原子燃料サイクル施設)であった。どんどん未来の新しい原子の力へ向けて建設が急ピッチで進んでいた。もちろんすでに稼動している施設も多々あるが、完全なサイクル実現に向けて、広大な施設にさらに建設が進んでいた。ただ、この物々しい景観をみるのはもうちょっと先となる。今はまだ何も見えない荒野をただ北へと走るのみである。そして最初にようやくお目見えしたのが巨大なクレーンが建つむつ小川原港であった。最初はなにかと思ったが、やはり原子燃料を運ぶ為のクレーンだろう。他のクレーンに比べ、重厚な作りから物々しさが伝わり、見上げれば思わず口が開いてしまうといった様であった。

 さらに進み、原燃施設をまわるようにして北から西へと進んでいくと正門だ。さすがに物々しい雰囲気が現れ、たくさんの警備員、さらには自衛隊や米軍施設に負けない、いやそれ以上であるかのようにも見える厳重な壁で施設は覆われていた。そんな別世界の土地への入り口であるような正門を通り過ぎると、いよいよ楽しみにしていた原燃PRセンターへと入る。ただ、その前にちょっと気になる施設が・・・ そこはこの六ヶ所村の郷土資料館で、さすがこの原燃からお金が落ちてくるのか、目を見張るような豪華な作り、それでいて無料なのが嬉しい。ちなみに余談になるが、図書館など他の公共施設も負けないぐらいの立派さを誇っていた。

 時間は惜しが、無料に魅かれて迷いながらも入館。出来ることならこの時間を出来るだけ原燃見学に費やしたかった。それほど期待していたのだが、でも郷土館・無料に魅かれて、ちょっと覗くだけでもと思い立寄ってみた。外観どおりに中も豪華!なんと縄文人のロボットまで!!動きしゃべるのだから驚きなのだが、でも、不自然な動きに気味が悪くも感じる。あれが夜に突然動き出したら・・・ そう思うとゾッとする。ちなみに資料の方はやはり縄文・民族を中心に展示され、豪華とは言え内容自体は他のよくある資料館と大して変わらなかった。予定通りに早々に引き上げて原燃PR館へと入った。


下北を走る!


巨大なクレーン


豪華な六ヶ所村・郷土館

 さすが日本の最先端技術のPR館!そう書きたいところだが最初から拍子抜けの展示物だった。なんといっても最初に迎えてくれたのはサーカス時計?だったか名前は忘れたが、ボールがコロコロと転がりアトラクションを見せるからくり時計で、なぜこんな物が・・・ さらには3Dシアターで迎えてくれた映像は、なにを訴えているのかさえ分からない恐竜物語り、「なんじゃこりゃ・・・」、そう思わず発してしまうほど幼稚で子供をあやす為にあるのではないかと思うほどの内容であった。

 さらに奥へ進むとようやく原燃を紹介する展示となるのだが、これも子供だまし・・・ 説明はほとんどなく、ちょっとしたゲームが並ぶ小学生がただ楽しむだけのような内容であった。とても、原燃をPRしているとは思えない・・・ さらに進むとようやく本格的な展示場へと入るのだが、ただその展示も分かりにくいこと・・・ 中途半端な模型を前に長々と解説テープで紹介していく。大掛かりの割には大したことなく、そのまま終わってしまい、なんとも自分にとってはガッカリの内容となってしまった。ただ、自分は元々化学系を選考していただけにある程度のことを元々知っていたからかもしれない。でも、それにしてもあの最初の3D映像はないだろう・・・ 

 原子燃料リサイクルセンター:原子力発電で発生した使用済核燃料を再生し再び使用可能にする施設。まだまだ建設中のところが多い。ちなみに現在はまだ他国(フランス)へ、この使用済核燃料の再生を委託している。余談となるが、現在日本では原発を推進しているが、逆に原発全廃を決定した国、ドイツなど世界にはあるのも興味深かった。逆にフランスは原子力を日本と同じように推進している。


源燃PRセンター


源燃リサイクル施設


PRセンター内

 残りの時間をめいいっぱい使って見学しようと思っていた原燃PR館がこうして意外にも早く退館することになってしまたが、気を取り直して元気に再出発!原燃施設の周り設置されている数え切れないほどの風力発電施設を見上げながら、次に向った先は石油貯蔵基地である。それにしてもこの六ヶ所村には国の一大プロジェクト並の施設が多い。これだけ風力発電が並ぶのも他にあるだろうか、かるく数えてみると20基は少なからずある。風量が豊富なところなんだろうが、エコエネルギーも頑張っています!と一生懸命にPRするために建っているようにも場所が場所だけに見えてしまう。また数字で見る原発との発電量のあまりの差に逆に滑稽にも見えてもしまう。


風力発電もいっぱい!


小川原石油備蓄基地

 さて、この風力発電施設を抜けると、こんどは巨大なタンク群が姿をあらわす。国の石油備蓄基地だ。もちろん石油の供給が途絶えたときの為にこうして備蓄し備えているのだが、その備蓄量はこれだけ広大な敷地に蓄えても数ヶ月分しかない。(他の全国の備蓄基地も含め)、資源が少ない日本、これが原発なら少量の貯蓄量で膨大なエネルギーを作ることが出来、さらにはリサイクルできるという優れものなのだ。ただ、やはり安全性が指摘されている。エネルギー問題、ほんとに難しいものだ。ちなみにこの備蓄基地には展示館が設けられているのだが、予約なしには見学できないと残念ながら断られてしまった・・・ 悔しいが、こうして今日の観光を終えて寝床予定地である道の駅横浜町へと、予定よりもだいぶ早く向うこといなってしまった。


道の駅で富永さんと♪

 16時ごろには到着した。広い軒下もあり寝床には申し分ないところであった。この後は久しぶりにのんびりした時間を楽しんだ。ただ、難点は寒いこと!トイレ舎内にあるちょっとしたベンチで寒さを凌ぎながら読書を楽しみ、そして、そろそろテントを設営しHP作業へと入ろうとした19時ごろ、外へ出てみると同じ軒下に旅人の姿が!原付でこの初夏、北海道を旅してきた冨永さんという方で、旅に対する価値観というか、ただ、旅を楽しむのではなく、ツアコンという仕事柄、そのことも頭に常に入れ旅し学んでいるちょっと変わった方で、そんな視点の見方、さらには、強い目的持った旅の内容に魅かれ、夜はそんな冨永さんと会話が大いに盛り上がった。そして焼酎まで頂き、さらに話に花が咲き、そんな楽しさからか、自分では珍しく道の駅で野菜を購入し、久しぶりの包丁を手に調理し、具いっぱいの味噌汁を作り、おかずにも珍しく花が咲いた。

 楽しい夜はあっという間に過ぎ、22時ごろ、寒さのあまりお互いテントの中へと逃げ込み、そしてHPの更新をやり始めるが気力続かず23時頃には就寝した。また振り出した雨に明日の天気を心配しながら・・・

※この日記の写真をクリックすると拡大写真が表示されます。

 ★今日のお食事♪
 ・朝食 : ごはん&レトルト丼
 ・昼食 : コンビニ弁当・パン×1
 ・夕食 :

カブ入り味噌汁・菓子

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