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どこでどんな出会いがあるかほんと分からないものだ。今日はその出会いに恵まれた。昨日、新たに購入したこの勾玉の効果?!そんな思いを感じながら、フェリーターミナルの休憩室でパソコンを打っていた。昨夜はその近くの公園で寝たものの肝心の水が出ないために自炊ができない。6時に起床後、すぐに撤収してこのターミナルに移ってきたのだが、食事はまだである。また財布の中身も金欠状態・・・ 300円しか入っていない。郵便局が開くのをのんびり昨日書ききれなかった日記を書きながら待っていた。
さすが今日は自炊もなかったおかげで、日記は8時には終わることが出来たが、でも、そのあとに久しぶりにネットサーフィンをしていたので結局は9時頃の出発となってしまった。そして今日、まず向った先は観光名所ではなく電話ボックス。広報活動だ。今回はうまくいくだろうか・・・ なんど経験してもドキドキする。緊張しながら「自転車で旅してるんですけども・・・」、と、始めにごく簡単な概要をいっただけで、「取材しますよ!!」、とあっけなくOKとのこと、さらには来てくれると言う。なんだかあっけない結果に拍子抜けするほどであったが、でも、最後は今から会議ということで折り返し電話しますとのことだった。何も自分のことを説明してないだけに、ほんとうに掛かってくるか心配なところもあった・・・ とりあえず電話を待ちながらコンビニで軽食を買い朝食をとることにした。
「すいません!!」、後ろから呼び止める声が!コンビにまでは僅か数百メートルでその距離での出来事だった。振り向くとチャリダーではないか!それも同じ自転車でもちろん荷物満載!さっそく話してみると、なんと自分のことを山形新聞で知ったらしく知っていることにも驚いた。チャリダー”稲垣”さんと旅の話が弾みかけたときに、また出会いが訪れた。「どこからきたのー?2人一緒??」と、愛想良く声を掛けてきてくれた。名前こそ聞きそびれてしまったが、ママチャリに乗るおばちゃんで、旅のことを話し、そして「頑張ってねー」っと行ってしまったが、でも驚いたことにすぐに舞い戻り、「2人でジュースでも飲んで♪」と餞別までくれた。聞くと、先日、財布を落としてしまったそうだが、入っていた数万円は盗まれることもなく警察に無事に届けられたという。そんなことがあり、いまはご機嫌で、さらにはこうして得たお金でなにか応援できたらと思い舞い戻ってきてくれたのだ。ありがとうございました!!
さっそくコンビニで2人、朝食やジュースを買い、ややいつもよりも遅い食事をとっていると待ちに待ったあの新聞社から電話が掛かった。すぐに来てくれることになり、そしてそぐ目の前の海の博物館前で取材が始まった。もちろん先ほど出会った稲垣さんも含めてW取材となり、いろんな旅の話を記者の角(かど)さんに話し、ここまでは普通の取材内容であったが、最後、「よかった今晩一緒に食事どう?」と言ってくれ、私も含め、稲垣さんもここで泊る予定はなかったが、迷わず2つ返事でお願いして、夜の再会を約束し角さんは会社へと戻った。

森林博物館
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さあ、いろんな出会いも生まれ、今日も元気に観光スタートだ!ちなみに稲垣さんとは夕方まで別行動。まだ先へと進み予定だった為に空白ができた稲垣さんに設備の充実し、それでいて無料という旅人には嬉しい”三内丸山遺跡”を進めた。そしてそれぞれの観光がスタートした。でも、私の場合は観光前に郵便局。数百円の入館料さえ入っていない
財布を新たに満たして、まずはこの近くの森林博物館 へと出かけた。この博物館自体にはそれほど興味を覚えなかったが、明治のちょっと変わった建築物が今残るということで覗いてみたのだが、予想以上に豪華で可憐な建物に驚いた。でも中の見学のほうはというと、時間的、金銭的問題で入館することは諦め先へと急いだ。
森林博物館:見れば見るほどお洒落な建物。明治41年に建築されたルネッサンス様式の木造建築。青森営林局庁舎として県内産のヒバをふんだんに使い建てられたそうだ。そして今は日本初の森林を考える博物館として公開している。、またこの美しい建物はしばしば映画や写真に登場するそうだ。
お次は悔しい思いが込み上げる八甲田丸へと向った。そう、悔しい思いとは昨日の日記にも書いたが、矛盾した料金である。この八甲田丸に先に入館していればそのチケットで海の博物館へと無料入館できる。ただ知らずに逆に入館してしまった私は、なんと両方の入館料を払わないといけないらしい。もちろん最初の海の博物館で後々交渉してみたのだが、ごめんなさい・・・ との一点張り、そんな矛盾があり、ここでも負けずに交渉してみるつもりだ。いや、もし正規の料金であったら入館を諦めるつもりでいた。そんな強い意気込みで受付へと向ったのだが、これが意外に「せっかく来てくれたのだから・・・」と差額分の料金(結果的に海の博物館は無料)でOKとうことに!予想外のあっさりした対応に驚きながら、船内へと見学していった。ちなみにこの船は青森〜北海道間の青函トンネルが開通するまで活躍していた”青函連絡船” で、その歴史を伝えるべくこうして資料館として当時の船が公開されている。今は見学者がめっきり減ってしまい赤字経営だそうだが、私的には見応え充分でワクワクし、船内ではしゃいでいた。ときに操舵室へと上がったときは嬉しく、、また懐かしさも感じた。こうして見晴らしのよい船の特等席、さらにはこの船を自在に操れるたくさんの計器に囲まれた操舵室、こんな場でワクワクしないはずがない。もう船長気分だ♪そして懐かしさとは、もうだいぶ前になるだろう、鹿児島の離島は沖永良部島での出来事、知り合った大坪さんの好意で実際の大型フェリーの操舵室を見せてくれたときがあったのだ。そのときの船と私みたいな素人目にはほぼ変わらぬ操舵室に懐かしさを覚えた。
青函連絡船:津軽海峡を挟んで、青森と函館とを結び、列車をもそのまま積載した鉄道連絡船である。1908年(明治41)から国鉄直営として大いに活躍したそうだが、青函トンネル開通により廃止された。そんな歴史が紹介されていあtのだが、とくにその中でもビデオが見応え充分!ちょっと長すぎるのが難点であるが、鉄道船の苦労や、太平洋戦での悲劇、さらにはあの洞爺丸事故について詳しく説明され、思わず涙が滲むほどの内容であった。ちなみにこの船の車両甲板やエンジンルームまで見学することができる。

青森ベイブリッチ
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青函連絡船・八甲田丸
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船内には先客が!
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すっかり遅くなってしまった。解説ビデオに魅入ってしまい2時間以上の見学となってしまい、ちょっと慌ててお次の観光施設、”棟方志功記念館”へと入った。「ピカソになる!」と言っていた氏だけにさすがその画風も変わっていた。それら版画に見せられ、そしてそのちょっと変わった志功氏の人を知りたく置いてあった本をしばらく休憩室で読ませてもらった。いろんな人、偉人を知るのはほんと面白い。
体感した頃にはもう16時過ぎとなっていた。まだ観光地をまわろうと思っていたのだが、ちょっと時間的に間に合いそうもない。大体の資料館は16時や16時半までの入館なのだ。こうして中途半端に空いた時間を使って、久しぶりの今日はスケッチをしてみた。先日、新たに購入したはがき用紙と色鉛筆、そして筆ペンだ。ほんとは彩色は水彩でやりたいところなのだが、気軽さに欠け、色鉛筆で挑戦してみることにしたのだ。そしてペンは鉛筆でなく筆の為に味がある線がまた面白い。思わず続けざまに2枚書いたのだが、消しゴムもなにも使えないこともあり、逆にこれがスラスラとあっという間に出来上がる手軽さがまたよい。ちょっとこのさきハマリそうだ。
夕方、丸山遺跡へと行っていた稲垣さんと再会。「よかったですよ!!あれで無料とは信じられないですね!!」と喜んでくれ、まずはそんな観光施設話で花が咲き、そしてこの後、ホームセンターや本屋、スーパーへと足を運び、この夕方の時間を楽しんだ。後は今日取材してくれた角さんを待つばかりなのだが、仕事が今日もなかなか終わらないらしい。空腹をグッと堪えていたのだが、さすがに耐えなけて、さらには半額弁当にも引き寄せられてちょっと早弁・・・ この後、もちろん後悔する事になるのだが・・・

チャリダー稲垣さんと♪
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焼肉屋で角さんと宴会
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22時半、ようやく仕事を終えた角さんと再会!そしてさっそく八甲田牛(焼肉)をご馳走になった。あまりのご馳走に、やはり後悔・・・ いや、でもこれがほんと美味しいこと!あまりの美味しさに食べ過ぎてしまう為、逆に早弁してよかったのかな?そう思うほどペロリと平らげた。さらに、この後、夜の繁華街を、この場違いな荷物満載自転車で走り抜けて今度は居酒屋へと入った。ここでは幻ともいうお酒”田酒”をご馳走になった。これがまた旨く稲垣さんと2人して「うまいですね!!」と連発しあった。そしてこのまま角さんたくでお世話になることになった。川の字で3人のんびり布団の就寝・・・ 記者さんからも、この青森という地についていろんな話を聞かせてもらい、もう勉強になり、また自分自身の刺激になることばかりであった。こうしてまた思い出深いページをさらに増やして、もう2時過ぎであっただろうか、お互い話しながらいつの間にか寝てしまっていた・・・
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| ★今日のお食事♪ |
| ・朝食 : |
コンビニ弁当・パン |
| ・昼食 : |
パン×2 |
| ・夕食 : |
店屋物・パン・焼肉〜!!&くじら刺し♪
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