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更新日時 03/07/01 7:42
本日のデータ
日付
6月30日
天気
曇時々晴
旅行日数
355日目
体調
良好
本日の移動
 三厩村〜青森市
走行距離
85.2 km   
現在地
青森県青森市
総走行距離
15519.7 km   
宿泊地
フェリー前公園
今日の出費
食費
1229 円    
宿泊費
0 円    
観光費
200 円    
雑費
1050 円    
経費詳細

 観光費:北方漁船博物館
 雑費:色鉛筆等




太古のままで・・・

 日記が〜(T_T) 今朝も6時から日記の更新作業に追われていた。外からは相変わらず雨音が聞こえ、「今日も雨か・・・」と気を重くしていたが、1時間も過ぎるとなんと晴れ間さえのぞき始めるではないか!もちろん先ほどまでの雨はやんでいる。出発意欲を高めるが、だが、日記をある程度更新そなければ出発どころではない。公衆トイレ前でセッセと作業していたのだが、8時ごろ、掃除のおじさん、おばさんが来てしまい、やむなく撤収・・・ 場所を移して続きに没頭していたが、すぐに電池切れのため、1日分を残して仕方なく10時頃に出発した。

 山側にはまだまだ雨雲も広がっていたが、海には真っ青な空が広がっていた!久しぶりに見る青空にもう気分までもちろん晴々とし、あまりの嬉しさ、そして気持ちよさに涙さえ出てくるほどであった。空気は澄み、木々の緑、建物、漁船どれもこれも光り輝き美しい!さらにはなんと「えっ!こんなに近かったの?!」、とビックリするような大きさで北海道まで望めるではないか!いやー、とうとう着ましたよ!、だが、そう思いながらも自転車は北海道から遠ざかり今日1日、南下していた。なんだか複雑な気分ではあったが、こればかりは仕方がないだろう。


お?!晴れ間が!!


見えた!北海道♪


久しぶりの快走!

 この青森の太平洋側半島、下北半島は北海道よりももっと近くに、手に取れるような距離で迫っていて、なんだか泳いででも行けそうな気がするほどであった。景勝地・仏ヶ浦も望め、さらには北端の大間崎ももちろん!約1週間後にはあそこにいるだろう場所だ!そう思うとなんだか不思議な感じがした。

 さあ、どんどん気持ちよく南下して行った。この津軽半島の反対側を北上時にはあれだけ強風とそしてアップダウンに苦労した断崖絶壁が迎えてくれたが、こちら側は嘘の様に快適なフラットが続く。そのお蔭で思っていたよりも早く青森市街へと入って行った。ただ、残念だったのは、ここまでくるとまた空はどんよりした重い雲に覆われてしまったことだったが、それでも、先ほどの晴天に心はすっかり洗われ、気持ちよくまずは”北方漁船博物館”へと入った。

 ここで最初に迎えてくれたのは、なんと塩化ビニール製の玩具のような船で、現在でも台湾、フィリピン辺りでは使われているそうだ。館内の方も資料豊富で面白く、また、野外には実際に海に浮いている船にまで試乗できるのがまたよかったのだが、ひとつだけ憤慨するほど怒れたことがあった。それは料金なのだが、ちなみにここは200円と高くもなくそれは問題ない。ただ、見学後、休憩所で頂いたパンフレットを見ていると、なんと八甲田丸観光券を持っている人は無料と書いてあるではないか!!このあとに行こうかなと思っていたのだが、受付に問いただすと「そうですね・・・ ちょっと矛盾してますね・・・」と言うのみ、矛盾どころかおかし過ぎる!共通券というものはなく、逆の順で入れば共施設で料金を払わないといけないと言うのだから!今からではダメなのかと何度も問いただすが、「ごめんなさい・・・」と答えるのみで、お金は帰ってきそうにもない。ただ最後に「今後、共通券の発効を検討してみます。」というようなことを行ってくれたので、この後、このような矛盾で苦しむ人がいなくなることを祈りながら、肩を落として後にし、野外施設のジャンク船上で怒りを爆発させた。ちなみにこのジャンク船は9世紀ごろからアジアで活躍した船で、大河ドラマ「北条時宗」では、元軍と船として、この船が登場したそうだ。


なんと、塩ビ船!!


北方漁船博物館


ジャンク船上で
怒りを込めて・・・



きました縄文時代へ

 すっかり八甲田丸に行く気をなくしてしまったが、でも、明日もし行くことがあるのなら、そこでも抗議をしてみようと思っている。それほど遣り切れない料金法である。とりあえず今日は諦めて、このあと、ちょっと山側へと進路をとり、三内丸山遺跡へと行って見ることにした。’97年に国指定遺跡として急速に整備が進む巨大遺跡で、ただ、前々から看板が出ているわりには市街から真っ直ぐに行ける道がなく、路地をウロウロ迷ってしまいながらも、何とか到着することができたこの遺跡は、さすが国史だけあってか、遺跡とは思えないほどの巨大な建物が迎えてくれた。館内は無料で見学でき、模型や、長さ40mもの巨大スクリーンが迎えてくれ、また体験コーナーなども設けられていた。そしてもちろんメインは野外復元施設。国(県?)の力の入れ具合が伝わってくる見応え十分の内容であった。

 三内丸山遺跡:この地には以前から遺跡が存在していることは分かっていたそうだが、それほど貴重な出土はなく県営野球場建設へと進んでいたそうだが、平衡して最後の遺跡発掘が行なっていくと、続々と日本有数の貴重な遺跡が発見され、工事は中止、遺跡として開発していくことになった。そして’97年には国指定遺跡となり、現在もなお発掘、また縄文時遊館として開発が今も進んでいる。


三内丸山遺跡


巨大住宅内


高床倉庫群

 2時間以上観光してしまい、もう日は大きく傾き始めていた。だが、私の足は観光を終えてからも一向にこの丸山遺跡から出ようとしなかった。それはお土産コーナーであるものに惹かれていたからだ。話を戻せば今年の2月だっただろうか、日本最南端の地、与那国で奮発して購入した夜光貝のネックレス、自分の思い出をそこに詰めたのだが、日本のほぼ真ん中辺りの京都まで来たときに落としなくしてしまった。遣り切れなく戻って探しまでしたが、残念ながら見つかることはなく、また首は寂しくなってしまったのだが、今回、前々から欲しかったネックレスがここで見つけたのだ。最南端で夜光貝を買うときから意識していた”勾玉”という石。太古のロマンが詰まり、そして、人の原点というその地へ戻るという意味も込め、身に付けたいと思っていた。だから夜光貝のときも、なんとなくそんな形を意識して購入した。が、京都で落としてしまい、そして今、本州はこの北端の地で、今度は紛れもない勾玉を改めて購入した。落とした思いと、新たな思いをこの石に詰める。やや高価な物で購入にはかなり迷ったが、みちのく温泉でのバイト料もあったことから、奮発して購入したのだ♪さて、今後、この勾玉と共、どんな旅になるのか楽しみだ♪


買っちゃいました♪


フェリーターミナルにて

  今日の寝床探しだ、すぐ隣の運動公園に最初、目星を付けたのだが、あまりに人の出入りが多く断念し、埠頭方面へと走った。そして最後は当初の予定通りフェリーターミナルで落ち着いて、そこでHPの更新作業、そしてすぐ近くの小さな公園でテントを張り23時頃就寝した。新しいネックレス”勾玉”を胸に・・・

 

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 ★今日のお食事♪
 ・朝食 : ごはん&レトルト丼
 ・昼食 : コンビニ弁当・パン×2
 ・夕食 :

店屋物弁当・菓子

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