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絶滅の危機にある”トキ”。でも、絶滅の危機にあるからと言って見に行くのはどうかと思っていた。絶滅危機だろうが、たくさん生息していようが、同じ生命であり、改めてそれを見に行くと言うことに、なんとなく自分自身に疑問を感じていた。まだ、愛嬌ある動物などの方が見ていて楽しいのでは?!そんな気持ちであったが、でも佐渡を遥々訪れて”トキ”を見ずに帰るのも、「何しに追ったの?佐渡へ・・・」、そう言われそうであり、また、先ほどの言葉とは矛盾はしているが、自分自身でもそう思うがために、迷わず向ったものの、でも、なぜ絶滅の危機だから見に行き、そうでないのは見向きもしないのは?と疑問を抱きながら今日、自転車を漕ぎ進んだいたのが自分のなかで強く印象に残っている。でも、今は「見てよかった。」と、またこの心境からは思いもしないことを思っている心境の変化が面白い。
佐渡の離島とは言え、島の中心地ともなっている、この両津市街の海浜公園だけに、今朝はたくさんの朝の散歩を楽しむ方が、テント脇を通り過ぎていった。早い方は4時頃からもう散歩しているから驚きだ。でも、ある程度この状況は予想していたので、それほど驚きもしなく、また遊歩道から一歩、中に入った東屋内なので、それほど邪魔にもならないだろうが、でも、気まずいのは確かである。
いつもよりはちょっと朝寝坊の6時半に起床。そんな人目を気にしてまずテントを撤収して、それから自炊し朝食をとった。また、天気の良いと言う予報から、今日はちょっと多めのお洗濯。それらを、自転車に括り付けて、7時半には公園を出発した。
まず向った先は道の駅。電源を求めて向ったのだが、案の定、嬉しいことに電源を見つけて「ごめんなさい・・・」とつぶやきながらも拝借し、ここで昨日の日記の更新の続きを行なった。でも、やっぱりここでも人目が気になる分、思うように日記は進まずに終えたのは早い出発にも関わらず、結局は10時近くになってしまった。
さあ、ようやく観光開始だ!この佐渡は能楽も盛んらしく、道の駅には”佐渡能楽の里”という資料館が併設されていた。が、料金のほうが・・・ 諦めて、いよいよ佐渡のトキを見るべく冒頭にも書いたようなちょっと複雑な気持ちで保護センターへと向った。
さすが佐渡の大きな観光スポットのひとつだけあって、たくさんの人達で賑わっていた。ちなみにこのトキ、自分は驚いたことなのだが、明治頃までは田園地帯などで全国どこでもそれほど珍しくもなく見れたそうだ。それほど豊富な数が生息し、身近な鳥だったそうだが、生息圏の現象、乱獲、そしてまた田を荒らすことで嫌われ、どんどん数が減少していき、昭和に入った頃にはいつの間にか見れなくなってしまったという。その後、佐渡で唯一発見され、天然記念物とし保護してしてきたが、結局最後は昭和40年代、残った7羽を全て捕獲し、人工飼育へとなり、今の保護センターが開設されたそうだ。
トキの生息圏:日本全土、朝鮮、台湾、シベリア南部、中国と主に東アジアで生息していたそうだが、現在では中国の保護センター2ヶ所と、この佐渡で人工飼育しているのみとなってしまっている。 +αマメ知識:幕末、シーボルトが来日中にトキの剥製をオランダに送り、そのヨーロッパで新種として紹介され、以後、様々な学名がつけられたそうだが、最後は「Nipponia
nippon」として統一されたそうだ。

繁殖に成功しているトキ達
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わかるかな?トキでーす
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だが、実際人工飼育のほうはうまく進まず、中国のトキと交配させたりと、いろいろ苦闘したそうだが、どれだけやっても失敗に終わり、今では日本産トキは1羽だけとなってしまったそうだ。それも高齢のためにもう産卵は不可であり残念ながら日本産トキは絶滅を待つだけとなってしまっているのが悲しい・・・ だが、中国から送られたトキのペアで、平成11年、ようやく祈願の人工孵化に成功し、そして、その子たちが毎年ペアを作り、何十羽、いやもう来年には100羽を越えるのではというほどの数まで増えつつあるという。しかし、どれも中国トキで日本産が全滅しようとしているのは残念でならない。ちなみにこれらトキはこのセンター内で遠目ではあるが実際にみることができる。珍しい鳥かもしれないが、やっぱり、鳥は鳥で生き物であり、それほど、見たからといって衝撃を覚えるようなことはなかった。ただ、どうして絶滅への道へと歩み初めてしまったのか、また保護運動の経過、たくさんの人たちによる温かい手と運動、そして実際の苦労、そんな”保護”ということを見ることが出来たのが、「来てよかった。」と心から思わせてくれた。人との共存、どんな生き物にも当てはまることで、そのことに深く考えさせられた。
この保護センターでおもわぬ再会があった。それは昨日、佐渡奉行所で知り合った車旅中の夫婦”西村”さんだ!同じ佐渡という島国だけにいつ再会してもおかしくはないのだが、でも、やっぱり再会は嬉しく、また会話に花が咲いた♪

日蓮聖人ゆかりの根本寺
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写真を「カシャ!」と、
加藤さん
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妙宣寺
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妙宣寺の五重塔
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さて、このあとは仏閣・史跡観光へ、まずは根本寺 (有料の為入館出来ず)、そして今度は妙宣寺へと向っていると、前方より一眼レフを向ける方が目に入った。どう見ても私を撮っているようで、ちょっとドキドキしながら近づくと、「後で写真送ってやるよ!」っと声を掛けてくれた。この後、何枚か恥ずかしながらも撮影してくれた。加藤さん、ありがとうございました♪写真が楽しみだ。
改めて妙宣寺へ、でも間違えて3kmほど行き過ぎてまい、慌てて坂を上り返して妙宣寺 、そして国分寺、最後は中部自然歩道を通って、真野御陵 へと見学した。ややどこも坂の上にあり、苦労させられたが、でも、このあと最後の見学で疲れを吹っ飛ばしてくれた。それは酒造見学♪ちなみにこの真野町は”アルコール共和国”として1983年に独立を宣言した。なんと役所が共和国政庁ともうたわれているから驚きだ。この佐渡には7つの酒造があるそうだが、そのうちの3つがこの町に集まることからこのように宣言したそうだが、そしてやっぱりここでは見学と試飲である♪客は私ひとりとやや寂しいものがあったが、でも親切に案内してくれ、そして何より驚いたのが、現場作業員も含め全員が笑顔であいさつをしてくれ迎えてくれたことだ。真野鶴酒造の温かさを感じた酒造見学と、そして、そんな会社だから作れるのだろうメチャメチャうまいお酒でほろ酔い気分で気持ちよく後にした。
根本寺:ここも日蓮聖人のゆかりの地であるのだが、なんと有料施設。迷いに迷ったが結局、拝観を諦めて外から覗くのみにしてしまったところ。ちなみに日蓮聖人は当時、死人の捨て場とされていたこの塚原の三味堂に配所されていたそうだ。
妙宣寺:まず出迎えてくれたのが新潟唯一という巨大な五重塔!そして本堂は見事な庭園にかこまれたところにあり、これで無料なのが信じられないほどの寺であった。ちなみにこの塔は日光東照宮の塔を模したと言う。
真野御陵:なんとここは墓でもないのに御陵であり、しかも宮庁の管轄であり、見た目は他の御陵と同様に仕切られていた。ちなみにここは承久の変で流された順徳上皇が、ついに都に帰ることなく火葬され、そして従者に抱かれて都に帰って行かれたそうだ。そんな火葬塚なのである。

名物!小木のたらい舟
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南端・沢崎岬へ到着♪
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今日も時間が経つのは早いもので、もう15時になろうとしていた。この後はひたすら国道350号のアップダウンを越えて走り、小木市街へ、さらにはそのまま最南端である沢崎岬まで突き進んだ。ちなみにこの小木より帰りも往復する道となるために観光は明日へ持ち越すことにしてこうして17時半ごろ岬へと到着した。ここでも真っ白な灯台と、そして寝床には打って付けの東屋が迎えてくれてくれた。もちろんそれらに誘われて今夜はここで野宿♪今日は薄曇のパッとしない天気であったが、それでも洗濯物は無事に乾いてくれた。でもそんな天気でも夕日ばかりは顔を出してくれ、今夜もそんな優しい日差しを浴びながら、スーパーで購入したちょっと豪華な揚げ物セットをおかずに夕食をとった。こういう自然の美は何度見てもいいものだ・・・
ちなみに夜は早々に睡魔に襲われ、日記を書きながらも途中でやっぱり断念し、22時にはもう就寝していた。ちなみにここは携帯圏外であった。
| ★今日のお食事♪ |
| ・朝食 : |
ごはん&レトルトカレー |
| ・昼食 : |
コンビニ弁当・パン |
| ・夕食 : |
ごはん&豪華に店屋物おかず |
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