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更新日時 03/05/16 20:00
本日のデータ
日付
5月13日
天気
旅行日数
307 日目
体調
良好
本日の移動
 門前町〜輪島市〜珠洲市
走行距離
93.8 km   
現在地
石川県珠洲市
総走行距離
13135.2 km   
宿泊地
リフレッシュ村
今日の出費
食費
674 円    
宿泊費
0 円    
観光費
0 円    
雑費
0 円    
経費詳細

 




久しぶりの併走

 快適快適♪そう思っていた寝床も意外と夜は悩まされた。この道の駅の休憩室、嬉しいことにセンサーで人を察知して明かりが消えるようになっているのだが、これが寝返り打つたびに察知して「カチッ」とライトが明々と光る。その度に目が覚めてしまい、なんだか中途半端な睡眠の朝となってしまった。

 6時起床。今朝も朝から日記の更新作業から始まったが、でも今日は昨夜のうちにほとんど終わらせていたのですぐに終了。食事を済ませて7時半には出発し、まず向ったのは何人かの人にも誘われて、そして自分も興味を持った”総持寺”、門前町のほぼ中心部にあるこの寺は前は朝から学生で賑わい、そんな中をちょっと照れくさくも感じながら荷物満載の自転車で通り抜けた。だが、そんな総持寺、なんと有料施設で拝観料を取る。400円という値段に門前でウロウロしながら迷いに迷いながらも最後は断念。悔しさを胸に後にすることにした。

 総持寺祖院:元、曹洞宗の大本山であったが、明治44年に横浜市鶴見区に移った。天平(729〜749)年間行基の草創と伝え、真言宗に属したが、1321年(元亨1)寺僧定賢が瑩山に帰依して曹洞宗に転じたそうだ。そんな歴史ふるいところであったが、入れなかったのが残念だ。

 小さな街ではあるが朝の賑わいを見せていた門前市街を離れるとすぐにまたのどかな田園地帯が広がり、じきに峠道のなる。大した峠ではないが今日も気温がグングン上がっていることもあって朝から汗を噴出していた。峠を越えると前々から楽しみにしていた輪島へと入る。以前に一度、車で来たことがある町ではあるが、なぜか朝市と聞くとワクワクしてくる。また、とくに買いたいものがあるわけでもないのだが、でも、そこがこの魅力でもあり、人の面白さなのかもしれない。

 懐かしい朝市へと入ると、記憶通りの光景が変わらずそこにはあった。平日にも関わらず人で溢れ、賑わい、さすがは三大朝市!自転車を置いてここはのんびりと散策。露店を開くおばちゃん達が「おにいちゃん!家にお土産にどう?」と、必死に声をかけてきた。こんなことは他の観光地では自分の風貌が一般観光客離れしている為か、あまりなかったことで、なんとなく嬉しかった。でも、買う気のない自分が申し訳なくも思い、また寂しくもあった。

 ここ輪島では他に輪島塗が名物だ!いろいろこれも散策するが、さすがにゼロがひとつ、時にはふたつほど多く、どれも手が出ないお値段。そんな値段の理由は後々、納得させられる。ちょっと郊外の生産販売店で工場見学、そこで、このひとつひとつが手間と苦労の結晶であることを目の当たりにした。またその職人の技術にも驚き、しばし工場で魅せられて足を止めていた。どんどん伝統工芸が失われいく今、大切にしていきたいものだ。でも買わなきゃだが・・・(汗) ちなみにこの石川県や富山県(元加賀藩領)一帯の婚礼品のほとんど全てが輪島塗だそうで、みんなを自宅で招く分の数の器を大概の家が揃えているという。そんな文化も輪島塗を支えているひとつだろう。


総持寺祖院


賑わう輪島の朝一


輪島塗の作業現場


 ここから先は大きな町もなくひたすら能登の北端”禄剛崎”を目指すことになるのだが、そんな道中に久しぶりにチャリダーに出会った。とっても話しやすい方ですぐに意気投合し、このあとチャリダー”窪田”さんと一緒にそのまま併走♪一緒に能登名物”千枚田”を楽しみ、そして暑さ、坂の苦しみ、そして空腹と分ち合いながら漕ぎ進む自転車はほんと楽しく、時間を忘れてどんどん距離を伸ばしていった。小さな漁村が時折顔を出す程度で、ほとんどは何もない田舎道を海を見ながら走る。また交通量もほとんどなく、車を気にすることなく走れるのも快適そのものでテンションは揚がる一方であった。昔ながらの手作業により稲の栽培、そして塩の製法である”揚浜塩田” 等、都会とは別世界の景色と風情を楽しみながら、進み14時半ごろ北端である”禄剛崎灯台”へと到着した。

 千枚田:1004枚もの水田が連なり、田の枚数が多いことからこのような名前が付いたそうだが、「狭い田」なので、=「千枚田」という異説もあるそうだ。各田園作業はもちろん全て手作業だ。また、毎年高い方の土手を削って田園に流しいれるという自然客土となっていて、肥料の方も普通の他田の半分ほどでいいという。また病害虫も少なく毎年良質のお米が取れると人気があるそうだ。この千枚田は地すべりの急斜面にあるが、1636年頃、能登小代官によって築造されたという谷山用水もあり水理にも不安はないそうだ。
 平地が少なく狭い国土、そして民族の勤勉性など全てを象徴するような美しい田園であった。

 揚浜塩田:能登の揚浜は記録によると1596年に開始されたそうで、それを加賀藩3代藩主が農民救済のために「塩手米制度」を作り能登一帯で奨励して広まったそうだ。

 
禄剛崎灯台:明治16年にイギリス人技師が設計したものだそうだ。


白米千枚田


チャリダー
窪田さんと一緒に♪


久しぶりの併走


窪田さんと楽しく走る


昔ながらの製塩法
「揚浜塩田」


奥能登の風景


 青々とした広大な原っぱが広がり、そして真っ青な空の下に日本海の海原が広がる。そのなかにまるで浮いたような白さで、どっしりと構えた灯台が座っていた。この灯台とも2度目の対面となるが、何度見てもこの灯台には魅せられ、吸い込まれていった。迷わずここでスケッチブックを取り出してさっそく鉛筆を走らせたが、でもなかなか出だしが難しく描けない。何度も書き直してようやく大体の構図が決まり、それなりの下絵を描く事が出来たが、でも思ったよりも時間が掛かってしまい、彩色は後日にし、ここで断念した。集中力が下絵だけで途切れてしまったという理由もある。ちなみに絵画中、窪田さんは最近始めたというハーモニカの練習をしていた。この岬ではお互い自分の趣味の時間を、最高な場所で満喫した形となった。

 17時前にして寝床を探すべく岬を出発した。どこはまで走っても広がる景色はのどかな港町か、田園風景。そして左には常に日本海が広がっていた。夕日へと優しい日差しへ変わりつつある中、気持ちよく2台併走していくが、ただ寝床になりそうなところがなかなか見つからない。もう日が落ちる間近になってから、ようやくレクレーション公園のようなところを見つけた。さっそく散策するがどうやらどこも有料施設、受付で尋ねてみると、キャンプ場利用は1100円と普通ならめちゃめちゃ高く、とても利用できない場所だったが、でも今はシーズンオフで無料で利用させてもらうことが出来た。ただ、水やゴミについてはやや便が悪かった。

 夜は窪田さんが輪島朝市で買ってきたという色とりどりの魚をたくさん頂いて豪華な夕食と共に、お酒の席となった。昼間から続く会話は夜になっても尽きることなかったが、私の方がなぜか深い睡魔に襲われて、HPの写真をUPした22時頃、倒れるように寝てしまった。


禄剛崎灯台にて


灯台をスケッチ♪


今夜は窪田さんと一緒に


 ★今日のお食事♪
 ・朝食 : 菓子パン・具無しラーメン
 ・昼食 : 菓子パン・サンドイッチ
 ・夕食 : ご飯・輪島新鮮魚・チューハイ×2
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