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更新日時 03/05/11 0:40
本日のデータ
日付
5月 5日
天気
曇のち晴
旅行日数
299 日目
体調
良好
本日の移動
 坂井町〜永平寺〜福井市〜一乗谷〜大野市
走行距離
84.7 km   
現在地
福井県大野市
総走行距離
12763.4 km   
宿泊地
奥越ふれあい公園
今日の出費
食費
684 円    
宿泊費
0 円    
観光費
910 円    
雑費
0 円    
経費詳細

 観光費:丸岡城歴史資料館・永平寺拝観料・県立歴史博物館・朝倉資料館・朝倉遺跡武家屋敷




がんばっちゃった

 今朝の予定では今日は福井市街泊まりだったが、慌ただしく今日は観光してまわり、一気に荒島岳麓の大野市まで到着。おかげで一日予定を短縮することができ、また、当初の予定だと空白の時間がどうしても出てきてしまっていたが、その心配もなくなった。ただ、今日の観光は時間に常に追われてほんと慌ただしかった。観光を欲張りすぎたせいもあるが、でも充実した一日だった。


出発前、奥野さんと♪

 5時半、道の駅の朝市の野菜の搬入で目が覚めた。さすがおばちゃん!みんな朝が早い!昨夜知り合った奥野さんとテントを並べて就寝したので、そんな朝でも2人という安心感からそれほど焦ることなくのんびりとテント撤収。そんなとき、昨夜一緒に遊んだ山本くんも乱入!朝からさっそく慌ただしくなってきた。奥野さんを見送って、あとは黙々と休憩室で日記の更新作業。久しぶりのAirH&電源確保という好条件から、今朝はHPの雑用までも済ましたので、ちょっと時間が掛かり出発は9時過ぎとなってしまった。

 まず最初に向ったのは、さほど遠くない丸岡城なのだが、目の前まで来ているのに場所が分からずにウロウロしてしまった。まさに灯台下暗しといった感じで、よく見ればすぐ目の前にあり、そんな城周りをグルグル探していた。この丸岡城、なんと現存する天守では日本最古で、その歴史からくる威容を楽しみにしてきたのだが、悔しいことに城は修復工事中で見学不可。小さな資料館だけを見学して後にすることになってしまった。


修理中の丸岡城(T_T)


曹洞宗大本山
「永平寺」

 ここで大幅に予定よりも早く出発することが出来た為に、今日はこのまま突き進んで一気に大野市まで行こう!そう考えるようになった。そう思ったら最後、自分の性格、一度そう決めてしまったら何が何でも実行しようとするタイプのようで、このあと大野市までが厳守となってしまい、慌ただしい観光へと向っていくことになった。まず向った”永平寺” 、この後、福井市へまた戻る形で行くことになるので、そう思うと苦痛な道程・・・ さらにはひたすら続く上り坂で、この時間までには着きたい!そんな一心で無我夢中で漕いで上り、時には、「もう永平寺は諦めて先を急ごうかな?!」そう思ってしまったりもしたが、それでもココまで来たんだからと、踏ん張り通して、なんとか予定の時刻に到着した。

 永平寺の参拝。どうしても普通の参拝を考えるのでサッサッっと終わるものだと思っていたのだが、実際に入ってみてビックリ!さすが曹洞宗大本山だけあって、物凄い規模で、さらには建物の見所もいっぱいあり、それに加えて実際の修行増の行いが間近で見れる。もう、初めて目にするものばかりで、ここでは予想以上の時間を費やしながらも、それでもだいぶ端折っての見学であった。

 丸岡城:現存する天守の中でもっとも古い建築。今から430年前、織田信長が北陸地方の一向一揆を平定する為、大軍を派遣。そのときの恩賞として柴田勝家越前の国を与え、守護職として北の庄へ築城を命じた。勝家の甥の勝豊を豊原に派遣し、豊原城を構えたが、1576年、豊原から丸岡にし城を築いた。これがはじまりだと言う。昭和9年に国宝。だが昭和23年の福井大地震で倒壊し、昭和30年、修復再建された。今は重要文化財となっているそうだ。

 永平寺: 今から760年前(1244年)道元禅師によって開かれた座禅修行の道場。入り口の通用門をくぐると近代的な鉄筋コンクリートビルに最初は驚かされたが、でも仏殿、法堂などはどこも歴史ある建物でそこが僧達の修行の場であった。そんな修行僧の姿を間近で見学でき、その厳しい作法に驚いきた。


傘松閣各の天井
(永平寺)


法堂
(永平寺)


中雀門(永平寺)

 慌てて永平寺を後にして出発しようとするが、参道沿いに並ぶ胡麻豆腐店に誘われた。こりゃ食べてみたい!そう思わされたが、でも時間&金銭的理由でここは歯を食いしばって通過!昼食はコンビニ弁当で簡単に済ませて、福岡市内の県立歴史博物館へと次にむかった。最近改装されたばかりの歴史博物館ということで、ここではかなり時間を食いそうだと心配したが、だが、意外に資料的に厚みはなく、あっさりと見学終了。ちょっと時間に余裕を作り、市街観光へと向かった。

 県立歴史博物館:今年の3月にリニューアルオープンと期待していったのだが、歴史自体の展示は浅く、とくに期待していた戦国、朝倉、柴田氏の歴史、そして多くの人材を輩出した幕末期にはまったく触れていなかったのは残念だった。でも、ここでは昭和30年代の日本を再現!そんなテーマで原寸復元されたジオラマには魅せられた。もうすっかり忘れてしまっていたあの風景、物がいたるところにあり、小さなあの時期を思い出した。見学者みんなが「これ家にあったよ!」、「なつかしいね〜」と、口を揃えて話し、もちろん自分も、年代は少し違うが、おばあちゃん家や、また家にあった当時の家具など思い出し、懐かしいものいっぱいであった。


昭和30年代の風景
(歴史博物館)


30年代の家屋
(歴史博物館)


30年代の駄菓子屋

 市街観光と言ってもこの福井、思ったよりもこれだ!っという観光名所が自分的にはなく、とりあえず、県庁の建つ福井城跡へ、そして偶然見つけた福井神社 、ガイドブックでしった柴田神社と観光。 これらはどこも資料館と呼べるものはなく説明書のみなのであっさり終了♪ここでもさらに時間に余裕をつくって、福井市街を後にした。

 福井城:徳川家康の次男、結城秀康が築城した巨大な城で、今は天守台が残るのみで、その敷地は県庁へと変わっていた。天守台跡には今も昭和23年の福井地震の傷跡が生々しく残されていた。

 福井神社:幕末の名藩主として有名な松平春嶽を祭神とし、昭和18年に我国最終の別格官弊社として造営されたもの。昭和20年戦災で焦土とかいしてしまtったそうだが、昭和32年今の姿に再建されたそうだ。資料館が昔はあったようだが、今は残念ながら朽ち果てていた。

 柴田神社:織田信長に仕えて越前に封ぜられる。信長の没後、信孝と謀り豊臣秀吉を除こうとして兵を挙げたが賤ヶ岳の戦に敗れ、越前北ノ庄(今の福井市)に夫人お市の方とともに自刃した。その柴田氏を祭る。


福井城跡


福井城天守跡


春嶽を祀る「福井神社」


柴田神社


柴田勝家像


一面のお花畑♪


 今日はまだまだ観光は続くが、この先の観光は当初は予定外の観光で、ほんとは今日するはずではなかったところで。そのため、いちばん慌ただしい観光になるかと思いきや、福井市の観光が思ったよりも早く見終えることが出来たので、おかげでのんびりと見学することが出来た。ちなみにそこは一乗谷朝倉氏遺跡で、まずはその資料館から見学。そして川沿いを少し上って行くと、戦国大名であり、また小京都を形成していた朝倉氏の居城跡があったり、その武家屋敷が大規模に復元されていたりとここでは見所いっぱいであった。最後は存分に観光し、そして明日の登山に備えて、登山口近くの大野市まで最後の走行へと向った。

 一乗谷朝倉氏遺跡:今から400年以上も前の戦国時代にこの地で栄えた朝倉氏の城下町で、当時は小京都として大いに栄えていたと言う。そんな以降が史跡公園として整備され、発掘、再現されていた。朝倉氏資料館も近くに立てられていて、当時の歴史を詳しく知ることができた。


一乗谷朝倉遺跡
復元武家屋敷!


朝倉屋敷跡地にて


明日登る荒島岳



今日の寝床も快適そうです♪


大阪の富田さんと再会♪

 大野市までは峠があるのだが、ここは思っていたよりも急な登りはなくなだらかで苦もなく越えることができた。そしてまず迎えてくれたのは前面に聳え立つ”荒島岳”。明日登山予定だけにその雄大な山容に心惹かれたウキウキさせてくれた。明日の天気もよさそうでほんと楽しみだ♪でも、その前に今日の寝床探し。地図上で見つけた公園「ふれあい公園」へとまず足を運んでみたのだが、なかなか好条件の寝床場所で迷わずここに決定!到着してさっそく今日は自炊&HPの更新。明日は登山とちょっと早く出たいだけに日記を黙々と頑張っていたとき、21時半ごろだったか、なんと大阪でお世話になった”富田”さんがこの公園に尋ねてきてくれた!この大野市に実家があり丁度帰ってきていたそうだ。久しぶりに再会に感動し、またチャリダーでもある富田さんとお互い体験談等で話は尽きない。嬉しいことに、まだ購入してなかった登山の行動食を差入れとして頂き、今回もお世話になりっぱなしであった。こうして最後に嬉しい再会もして、23時前には明日の登山に供えて就寝することにした。 ありがとうございました。

 ★今日のお食事♪
 ・朝食 : 菓子パン・エネルギードリンク
 ・昼食 : 菓子パン・コンビニ弁当
 ・夕食 : わかめ入りインスタントラーメン・味噌汁
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